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和紙のこと


こんな本を読みました。


手漉き和紙の里は、全国に300箇所以上ある。家業として続く工房ばかりではなく、修行した職人が1代で開いた一代漉きの工房もかなりあるらしい。


今、家の障子には手漉き和紙を使っています。手漉き和紙を障子に張ると、張力があることに驚かされます。張力があれば、障子のホネ(というのか)を細くしても大丈夫です。そのため、障子はとても華奢な作りです。
日本家屋の窓辺が繊細なのは、和紙の特性のおかげなんですね。残していきたい文化です。


この本でも紹介されましたが、朝日町には蛭谷という和紙の産地があります。ですが、この春、定住して商売でやる職人がいなくなりました。


職人がいなくなった産地は、かつての紙里として記憶の中で生きていく運命です。しかし、この本を読んでいたら、一度廃れた紙里に戻り、再生させる職人さんも案外いることがわかりました。他所で修行しても、紙里に入れば紙里の名前を継ぐそうです。紙の名前は産地の名前なんですね。
ここに紙里があったという記憶を、みんなで残していきたいと思います。


商売以外では、紙漉きはまだ続いています。今日は蛭谷で都会の方をおもてなし。私も紙を漉いたりしてきます。
[ 2013/06/14 ] 蛭谷和紙のこと | TB(0) | CM(0)

使ってみて、改めて



本棚の中にある本。
itonaに、蛭谷和紙のカバーをかけています。


本のサイズに切って、折り曲げて、簡単に覆っているだけ。
でも、切るときの気持ちよさ、手触り、折り曲げた柔らかさ、
すべてにおいて、パルプとは違う気持ちよさを感じました。
この気持ちよさはなんでしょうか?


こんな簡単な使い道でも、あれれ?と、思うんですね。
使ってこそ。実感。
[ 2012/10/17 ] 蛭谷和紙のこと | TB(0) | CM(0)

蛭谷和紙の名刺販売

朝日町役場HP

↑蛭谷和紙の名刺の販売をやっています。
朝日町役場のHPです。

蛭谷和紙の工芸士、川原くんの製作した和紙の名刺は、
いろんな風合いの和紙です。
写真も載っていますが、本物を見て、選んだほうがいいですね。

和紙の名刺の場合は、印刷が問題です。
活版印刷が一番いいみたいですけど、今はなかなか見掛けませんよね。
手書きもちょっと寂しいし、ハンコとか、版画がいいのかしら。

私は、知り合いに、プリントゴッコで印刷している人がいて、
今度、真似してみようかと思いました。



[ 2011/01/19 ] 蛭谷和紙のこと | TB(0) | CM(0)

伝統工芸の話・・・3)和紙という文化

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朝日町には、蛭谷紙という和紙があります。
今はあまり作られていないけど、
そして、和紙を使う人も少なくなってしまったけど、
文化として、和紙はあります。




生まれ育った土地に染み込んだ文化は、
直接その産業に関わっていなくても、
小さな子供にも、なんとなく影響を与えるもの。
そんなふうに、今は廃れてしまった蛭谷紙のこと、考えています。



蛭谷の和紙は、平村のように、お殿様に献上したのでもなく、
商売に使われたのでもなく、
家で使う障子、書画用紙などとして使われた、日常の道具でした。


つまり、家の中にずっとあって、誰もが使っていたということ。
かまどや柱と同じ、というと、誤解されちゃいそう。
でも、ずっと昔は、本当にそうだったんだろうな。



山でとったコウゾを仕込んで漉く和紙は、
自分で使うための和紙として始まり、
農家の冬や夜の仕事として発展しました。
もともと、芸術作品ではないし、大量生産もしない和紙です。



温泉の湯治客などに売っていて、
地産地消というには、あまりにも身近なところでの消費です。
本当に日用品なんだなぁ。



さて。
前回、前々回と、国の伝統工芸品の指定についてお話しました。


このような蛭谷紙は、国に指定されることによって、何か変わるのでしょうか。



考えてみると、昭和49年に制定された法律によって、
私たちの数百年の生活文化を認めて頂くなんて、
なんだかおかしなこと。

理屈っぽいかもしれないけど、
伝統工芸が名前にこだわると、敷居が高く、使われにくくなって、
生活から離れてしまいそう。
伝統工芸は、作り方だけでなく、使われる環境が残るのもまた、伝統の継承です。


作るだけではなく、使われる文化も、大事にしていきたい、強く思います。


伝統的工芸品は、指定された名前を守るのではありません。
文化を伝えるのに、名前や形式など、重要ではないと思います。
[ 2010/11/17 ] 蛭谷和紙のこと | TB(0) | CM(4)

伝統工芸の話・・・2)蛭谷和紙のこと

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前回は、国の伝統的工芸品の指定についてのお話でした。
蛭谷紙について、お話の続きです。



国に指定された伝統的工芸品のリストを見てみると、
富山県のところに、「蛭谷紙」とは書いてありません。
代わりに、「越中和紙」という名称があります。
これは、どういうことなんでしょうか。


実は、越中和紙は、朝日町、八尾町、平村の和紙の三つを合わせた名称で、
国に指定されているのは、この三つが合わさった和紙産業です。


富山県の和紙が国の指定を受けようとした昭和59年、
県内の三つの和紙の産地をまとめ、総称をつくったそうです。
それが、越中和紙という名称です。
そして、越中和紙は、昭和63年に国の指定を受けました。


私は和紙産業に詳しくはありませんが、
国の指定を受けると、国に認められた危機的産業として、
法律以外にも、なにかメリットがあるのでしょうか。



・・・余談。
なんとなく、最近朝日町が認定された、過疎地域認定みたいな扱いに思えた・・・・。



越中和紙の名称は、歴史としては、奈良時代に書かれた「正倉院文書」の中に、
「越中国紙」として登場します。
正倉院は、国の宝物殿ですから、越中の国の和紙は、都に認められた品質だったのでしょうね。


しかし、実際に富山県内のどの産地の和紙が納められ、
どの和紙を指しているのかは、あまり語られません。


産地を個別に見てみましょう。


八尾の和紙は、元禄年間にもっとも盛んになりました。
富山二代藩主前田正甫公が売薬を奨励したので、
袋や膏薬紙、その包装紙などの需要が八尾に集中し、紙産業が発展したそうです。


平村の和紙は、加賀藩で使われる和紙としての伝統を持っています。
神社仏閣の紙を引き受け、越中・加賀・能登の需要をまかなってきました。


朝日町の蛭谷紙は、元禄時代の「元禄中農隙所作村々寄帳」というものに登場します。
「中折紙少々漉申候」といいますから、産業としては、ちょっとだったのかな・・・。


では、蛭谷紙について、もう少し考えてみましょう。



つづきます

[ 2010/11/16 ] 蛭谷和紙のこと | TB(0) | CM(0)

伝統工芸の話・・・1)伝統的工芸品について

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日本には、古い歴史と文化があります。
文化のあり方には色々あるけど、
国から指定を受けたものが、文化財。
形あるモノは有形文化財、舞踊など形ないモノは無形文化財です。


人間は、生活するために、様々なことを行います。
日常生活のために必要なモノを、古代の人々は、身の周りの材料から考え出し、
自分で作り出してきました。


その、日常で使うための道具が、現在、伝統的工芸品と呼ばれるモノ。
しかし、古くから使われてきたもの全てを、
「伝統的工芸品」と、呼んでいるわけではありません。


例えば、漁で使う投網には、錘をつけます。
これは、古くは縄文時代に、石で造られた石錘が存在しており、
歴史の面でも生活の文化という面でも、申し分ないモノ。
でも、「伝統的工芸品」にはなっていません。


「伝統的工芸品」というのは、
経済産業大臣が認定した工芸品につけられる名前です。
これには根拠があって、
「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」という日本国の法律があります。


この法律は3本セット。
昭和49年5月25日に公布され、その後、平成4年と平成13年に、
一部改正が加えられています。
略して「伝産法」というものです。


3本セットというのは、
「伝統的工芸品産業の振興に関する法律」
「伝統的工芸品産業の振興に関する法律施行令」
「伝統的工芸品産業の振興に関する法律施行規則」

の、3本です。なんだかややこしいですね。



さて、この法律が出来た背景について、少し触れてみましょう。


昭和40年代に入って、日本では、
伝統工芸産業を立て直そうという機運が高まってきました。
これは、当時の社会問題によるもの。
公害問題、都市の過密化など、高度経済成長に伴うひずみが表面化してきた時期でした。

そのため、大量消費、使い捨ての機械文明に埋没した生活に対する反省の気持ちが、
国民の中に芽生えてきた、ということなのでしょう。

その反省から、伝統的なモノへの回帰、手仕事への興味が高まり、
いいものに触れたいという、本物指向がみられるようになってきました。
これは、豊かさの顕れともいえますね。


しかしそのころ、手仕事の世界は、
産業としての基盤を失いかねない状態でした。
後継者の不足、従来の材料を確保することの困難さ、道具の高騰など、
機械化全盛の世の中で、生産性重視で切り捨ててきたものが増え、
その弊害に、つぶされそうになっていたのです。


もはや、手仕事の世界は、日本の主要な産業とはなっていなくて、
じきに消えていってしまいそうな状況でした。


このような背景をうけて、「伝産法」は制定されました。
つまり、国による新興策がスタートしたわけです。


これに呼応して、地方公共団体でも、地元の工芸に対する関心が高まることとなりました。
そのため、県によっては、独自の基準で伝統的工芸品の指定や
工芸士の認定を行って、振興を図っているところもあります。


このような法律の制定後、
昭和63年に、富山県の和紙が国に指定されました。
でも、和紙で指定されたのは、富山県が最初ではありません。


考えてみれば、紙は、古くから使われた日常品ですから、
日本中に和紙の文化があるのですよね。
調べてみると、それぞれ、独自の工程を経るものは少なくて、
材料・工程など、だいたい似たような感じで作られています。
つまり、認定は、産地の独創性の評価ではないということ。
そこが、芸術作品との違いなのでしょう。


そして、その点を理解することこそが、
この法律に関わる人間にとって、非常に重要なところだと感じます。



さて、
朝日町に伝わる蛭谷紙(びるだんがみ)は、国の指定を受けているそうです。
しかし、国の伝統的工芸品のリストには、
蛭谷紙の名称はありませんでした。
これは、どういうことでしょうか。






つづきます

[ 2010/11/15 ] 蛭谷和紙のこと | TB(0) | CM(0)

蛭谷和紙

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和紙をちぎったこと、ありますか?
和紙は、とても強いので、こんなふうに、繊維が見えます。
植物そのままの和紙です。




ちぎろうと思っても、はじめ、なかなかちぎれないのです。
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これも和紙だし、








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これも和紙。






いろいろな世界を見せてくれて、ありがとう。
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[ 2010/04/30 ] 蛭谷和紙のこと | TB(0) | CM(0)